全国各地で行政や金融機関の依頼を受
け、同族企業のアトツギ(承継予定者)
を対象に、新規事業開発を支援している
ほか、全国のアトツギが自由に繋がって
新規事業開発に向けたミーティングを行
うオンラインサロン「アトツギU34」で
は毎日のようにミートアップが行なわれ
ている。
まず我々が提唱する「ベンチャー型事業
承継」を定義しておく。中小企業の若手後
継者が、世代交代を機に、家業の有形無形
の経営資源を活用し、新規事業、業態転換、
新市場参入など新たな領域に挑戦するこ
とで、永続的な経営をめざし、社会に新た
な価値を生み出すこととしている。
アトツギの場合、スタートアップとは
違い、既に組織、取引先、製品、製造現
場などのアセットがあるものの、時代の
変化にキャッチアップできずマイナスに
作用している経営資源も少なくない。客
観的な視点で抽出した自社の強みをベー
スに、抽象化と具体化を繰り返しながら
用途開発ができるのも、「根拠のない常
識」に染まっていないアトツギの役割で
ある。いざ社長に就任してしまうと、既
存事業の維持や人事に忙殺され、新規事
業に充てる時間はない。先代が社長業を
やってくれている承継準備のステージこ
そ、10年後の売上の柱になる新規事業
の開発をアトツギが始める絶好のタイミ
ングなのだ。
この20年、日本のスタートアップ政
策はそれなりに結果を出してきた。しか
しながら、行政が税金を投入して支援し
ても、事業が成長すると東京に本社を移
すスタートアップも多いのが現状だ。一
方でレガシー産業のアトツギはそうはい
かない。長年の取引先や工場も地域にあ
り、社員の家族は地域の学校に通う。そ
の地域で頑張るしかないのだ。特に三30歳前後のアトツギに見えている未来は必
ずしも明るいものではない。今のままで
は10年後すら危ういと感じている。だ
が、今の時代を生きる若者らしい武器と
センスをもち合わせている。すでに業界
業種業態の壁が崩れていることを察知し
ているデジタルネイティブ世代は、一見
家業の業務内容に全く関係なさそうな業
界のアトツギとSNSなどを通してごく
自然に繋がる。業界や地域にあったしが
らみを超えて個と個が繋がり、独自性の
ある事業を生み出している。
とはいえ、アトツギが事業化を進める
上での課題は、社内にあることが多い。
前述のオンラインサロンは、アトツギが「地
方だから」「親父が反対するから」など言
い訳をせず、同世代の同じ境遇のアトツ
ギ同士で切磋琢磨し、熱量を維持するた
めのサードプレイスとして機能している。
規模の大きさより、強い会社として生
き残ること。急拡大より持続的な繁栄を
優先する経営判断は、ますます不確実な
時代に突入する今こそ求められている。
この時代を生きる若い世代の価値観や着
想力を掛け算すれば、一見古臭いレガ
シー産業も生まれ変わる可能性はある。
「ベンチャー型事業承継」が、「スタート
アップ」と同様、誰もが知る当たり前の
言葉として定着したら、後継者に対する
世間の薄暗いイメージも変わり、若い世
代にとってもスタートアップの新しいス
タイルとなるだろう。若い世代が胸を
張って地元に戻り、胸を張って家業を継
ぐ世界の実現に向けて、これからも環境
整備に努めていきたい。
次号は、木村石鹸株式会社代表取締役社長の木村祥一郎氏にお願いいたします。