駐日英国大使に就任してから4年が経ち、いよいよ帰国することになりました。振り返ってみると様々な思い出がよみがえってきます。前回の日本赴任から数えて20年ぶりに来日した2012年の21世紀の日本の姿。2014年の春のケンブリッジ公が来日した際の福島への訪問。しかし、記憶に残るのはこれらのような大きなイベントと並んで、47都道府県を訪れたときの日本人との出会いです。経済界のリーダーからタクシー運転手まで様々な出会いがありました。人との触れ合いはまさに外交の基盤です。
これらの出会いを通じて強く印象に残ることは、世界でも有名な日本のおもてなしや和食はもちろんのこと、文化・言葉の相違点がありながら、私たちイギリス人は、日本と基本的価値観を共有しているということです。この二つの島国は歴史を重視し、民主主義を尊重しています。また、共に現実主義であり、EU諸国や他の国との連携関係を大切にしています。今夏英国は国民の決断を尊重し、EU離脱に向けて動き出しました。この先、短期的には難しい状況が生まれるかもしれません。しかし共有する価値観を基に、日本と英国は今後も更なる緊密なパートナーシップを築いていくと信じています。
パートナーというのは、意見を共有することだけにとどまらず、意見が違ったときにも自由に話し合える関係であることが重要ではないかと思います。その一つの例として、最近話題となった死刑制度について、イギリス人としての意見を紹介します。英国は全てのEU諸国とともに、いかなる場合においても死刑には反対です。英国にもかつて死刑制度が存在しました。どのような議論を経て制度が廃止されたかをお話しいたします。
英国で最初に死刑廃止法案が出されたのは1948年でした。シルバーマンという下院議員が法案を提出しましたが、議会の反発にあい否決されました。ところが、1950年代に一人の男性が殺人罪で死刑に処された後、真犯人が名乗り出るなど、誤審事件が相次いだことから、国民の間に「誤審の危険性」と「死刑の不可逆性」に対する問題意識が高まりました。更なる議論の結果、1965年に死刑執行停止を定めた法律が成立し、2004年には死刑制度を永久に撤廃することを決めました。
死刑制度の議論では、死刑が持つ抑止力と、被害者やその家族も含めた国民の支持をよく耳にします。しかし、英国の経験は異なっています。英国での殺人事件発生率は、廃止前の1952年よりも廃止後の2002年の方が低かったという結果が出ています。つまり、死刑制度がどれほど抑止力として働くかを判断することは非常に難しいのです。国民の意識にも変化があり、1978年から2015年の約40年の間で死刑支持率は77%から48%に減少しました。また、処罰の面だけでなく被害者へのサポート体制も重視されるようになってきました。
冤罪・世論・犯罪抑止力・被害者の家族の思いや感情など、慎重に考えるべき課題がたくさんあります。それらの議論を重ねて死刑廃止を選んだ英国は、この経験を日本の皆様と共有したいと考えております。その一環として、私はこの四年間、大使として日本国内で死刑制度廃止についてのお話をしてきました。世界的にも死刑制度廃止へ動きが見られる今、日本でも死刑廃止に向けての議論が高まるよう、期待しております。