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リレーエッセイご執筆者に次号のご執筆者をご紹介頂きます2016. 10.  RIETI  LETTER
「ホテルマン冥利に尽きる、心に残ったお客様」顔画像と経歴



  株式会社 帝国ホテル 代表取締役会長
小林 哲也

 私は1969年に帝国ホテルに入社しました。学生時代、いろいろな本と出会い、“人間”というものに興味を持っていました。そしてできるだけ多くの人と素適な関わり合いを持てる職に就きたいと考え、ホテル業を選んだのです。以来47年間、帝国ホテル一筋に勤めております。帝国ホテルが1890年に開業してから今年で126年目ですから、その3分の1の歴史を見届け、また、私の人生の3分の2を帝国ホテルとともに歩んできたことになります。これまで数々の感動的で素晴らしい出会いがありました。その中でもとっておきのエピソードを一つご紹介します。

 1929年にツェッペリン伯号という飛行船が東京上空に飛来しました。それは長さ236m、最大胴幅35mのとても巨大な物体です。ボーイング747の3倍以上の長さがあります。ツェッペリン伯爵が創業したドイツの会社がこれを造り、アメリカの新聞王といわれたハースト家がスポンサーをして、アメリカからスタートしてドイツへ、ドイツから東京、東京からロサンゼルスに行くという行程で、288時間11分という世界一周の記録を作ったのです。

 帝国ホテルはその一行の宿舎となっただけではなく、最後の飛行行程である東京・ロサンゼルス6日間の機内食供給も担当しました。当時のメニューが今でも残っています。メニューカバーは浮世絵風で、富士山の上をツェッペリン号が飛んでいて、山河の景色を挟んでその下に帝国ホテルが描かれており、なかなか洒落たデザインです。

RIETI LETTER 表紙画像

 さて、それから60年たった1989年、営業部長をしていた私宛てに、旧知の日本航空のフランクフルト支店長から電話がありました。「小林さん、今からちょうど60年前にツェッペリン伯号という飛行船が東京に来て乗客乗員が帝国ホテルに泊まった事実はご存じですか?」「勿論です」「当時のクルー二人とツェッペリン伯爵の孫娘が、もう一度東京の帝国ホテルに泊まりたいと言っています。ご興味があればチケットを3枚差し上げます」とおっしゃるのです。私は即答してチケットをいただきました。翌1990年は帝国ホテルが開業100周年を迎える年でしたので、諸々のイベントを発表する記者会見の際に、3人をお招きしてメディアにご紹介しました。また、3人には当時の機内食メニューを再現して召し上がっていただきました。クルーのお一人は当時16歳ぐらいでしたが、1989年11月23日付の日本経済新聞の文化欄に、当時の思い出と60年経ち再来した感動を文章にして寄せられています。

60年前にお迎えしたお客さまを、人間や建物は違えど、時を経てまた私どもがお迎えしたということです。少なくとも60年以上ホテル業をしていなければこういうことは起きないわけで、歴史の深さを感じるとともに、まさにホテルマン冥利に尽きる経験のひとつでした。私は“人間”が好きです。そして、世の中を動かしているのは人間です。生まれてから死ぬまで、素敵な出会いをどれだけ重ねられるかが人生の醍醐味だと信じて止みません。



次号は、外立総合法律事務所長・弁護士の外立憲治氏にお願いします。
リレーエッセイ 「ホテルマン冥利に尽きる、心に残ったお客様」  (リーチレター 2016年10月号)株式会社 帝国ホテル 代表取締役会長 小林 哲也

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