前号の囲碁の趙治勲先生とは、30年ほど前に対談をして以来、親しくさせて頂いています。ゴルフをご一緒した後、ご自宅にお邪魔したこともありました。今回、指名をして頂き光栄に思っています。
昨今、将棋界と囲碁界を賑わしている話題といえば、コンピュータソフトの飛躍的な進歩であろう。特に、盤面が広く一番可能性の多いゲームといわれていた囲碁でも、韓国のトップ棋士がアルファ碁に破れたのは、大きな衝撃であった。将棋がコンピュータの開発者によって研究されるようになったのは約40年前。最初の30年は思うように強くならなかったが、この10年で急速に力をつけ、トップ棋士に並ぶ実力となった。
平成25年から3回、ソフトベスト5と選抜5名の棋士で団体戦を行ったが、結果は5勝9敗1引き分けと、プロにとって思わしいものではなかった。
昨年から、叡王戦を開催。エントリーした棋士の中で優勝した山崎隆之八段が、ソフト最強のPONANZAと二番勝負を行ったが、残念ながら棋士側の連敗。内容の方も完敗であった。
以前は、ソフトの将棋は棋譜を見ただけで明らかに見分けがついたが、今はプロ棋士とほとんど変わらない。強さだけではなく、美しさや個性も兼ね備えてきている。そして一番の長所は踏み込みの良さ。人間にはとても指せないような危険な手順でも、これで一手勝ちと結論を出せば、当たり前のことではあるが、迷わず恐れず斬り合ってくる。さらに、最終盤の答えの存在する局面ではまず間違えない。
また、以前のソフトはプロ棋士の公式戦の棋譜を研究することで強くなっていたが、ソフトがプロ級になった今では、ソフト同士の対局で経験や情報を増やしている。人間では不可能な10万局、100万局の対局も、ソフトなら楽にこなせるのである。
20年ほど前、コンピュータが棋士に勝つのは何時か。とアンケートを取ったことがある。私は、自分が現役の間はないと答えたが、やや甘かったか。羽生善治名人は2015年と答えていた。やはり先見の明がある。
その羽生さんが、第二期の叡王戦にエントリー、初めて出場する。もちろん、約160名のトーナメントで優勝しなければ、最強ソフトとの対局はないが、まずは叡王戦の行方に注目して頂きたい。
コンピュータがプロ棋士の実力を完全に超えたとき、プロ棋士の存在価値が改めて問われるようになる。棋士の指す将棋が人々の心を動かすことが出来るか。それには、我々プロ棋士は技術を、そして個性を磨くしかない。
コンピュータは私たちの暮らしを便利にしてきたが、ただ、昨今ではあらゆる職業がコンピュータに取って代わられようとしている。
私たちに求められているのは人間力。そして、人間がコンピュータをしっかり制御し、そのうえで共存してゆけるか、である。