「最近の天候は何かおかしいですよね」
こうした「天候の変化」の話題が日常の挨拶代わりに使われるようになってどのくらい経つでしょうか。
私は今から5年前、仕事で北海道から九州まで日本各地をまわり、漁業、農業、スキー場や自然学校経営、造園、植物園など自然に向き合った仕事に携わる方々からお話を伺う機会がありました。
北海道で「鮭の定置網に南方系の魚がかかるようになった」とか、九州五島列島では「昔と潮目が変わり、流れがよめず魚がとれない」という漁師さんの話がありました。また、仙台では「東北で熱帯性植物が自然の状態で越冬できるようになった」とか、長野県のスキー場では「正月に人工雪を降らせるシーズンが増えた」とか、はたまた京都の庭師の方から「奇麗な紅葉もできにくくなり、美しい日本庭園に不可欠なコケの生育環境にも深刻な影響が出ている」との嘆きもありました。農業従事者の話では、野菜や果樹の栽培も品種改良をしないと急速に高温化する現状に追いつかない事情や、病害虫の被害もかつてと違うことなどが垣間見えてきました。生活に直結する“気候の変化”を感じている人たちの話は貴重でした。
当時でこそ多くの人にとっては「ちょっと変」だった気候が、この頃では「ちょっと」どころでは済まない大きな変化を目の当たりにします。年々長期化する夏の高温、集中豪雨や洪水、台風、竜巻による被害も実に深刻です。気象庁の発表によれば、今夏観測史上最高気温を観測した地点は143地点にもなったと言います。また同じく気象庁は、経験したことのないような異常な現象が起きそうな時に発表する「特別警報」の運用を8月30日から開始し、その直後に巨大台風18号が日本列島を縦断しました。このとき、京都、滋賀、福井で特別警報が発令され、広範囲で大規模な被害をもたらしたことは記憶に新しいと思います。
あまり暗い話はしたくないのですが、どうしても思い浮かぶのが「ポイント・オブ・ノーリターン」です。ここでは、気候変動の改善のための努力を行っても、その効果が得られなくなってしまう時点のことを言っていますが、私たちはまだその時点を踏み越えていないでしょうか。
9月に発表されたIPCCのレポートでは、気候変動が人類活動によるものであることはほぼ疑いの余地がないと、うれしくもない太鼓判を押されました。そして、地球の平均気温は着実に上昇しており、2100年までに最大で4.8度上昇すると報告されています。
気候変動の危機と人間の行動を、遠く海面に飛び出た氷山の一角を目にしながら「まだ大丈夫」と進路変更せずに突き進むタイタニック号に例えることも、もうずいぶん使い古された表現ですね。思えば「ちょっと変だね」という当初の感覚こそ、目に見えた氷山の一角だったのでしょう。まだ遅くないと信じて、大きく舵をきりたいものです。