マジックを演じる仕事をしていると、しばしばお客様から言われるのがこんな一言です。「やっぱり指先が器用なんですよね?」
しかし私の場合、指先の器用さは人並みだと思っています。もちろんマジックを演じるのが仕事ですから、必要な所作は正確にこなせるように日頃から訓練していますが、人間離れした指先の器用さが必要なわけではありません。
マジックと聞くと「手の早業」「器用」といったイメージをお持ちになる方が多いようですが、それこそマジックという単語の持つ魔力のようなもの。もちろん指先の技術が達者であるに越したことはありませんが、それはあくまでマジックの一つの要素に過ぎません。マジックで人を楽しませるためには、指先の技術とはまた別の「テクニック」が必要になってきます。
私の仕事は、マジックをお客様の目の前で演じることで、心地良い空間と時間を創り出すことです。会員制レストランや、企業のパーティー、そして劇場公演などが主な活動の場です。目の前で演じるマジックのことを「クロースアップマジック」と呼びますが、このスタイルでは、お客様と直接対話しながら演じることがほとんどです。したがって、不思議なことが起きたかどうか以外にも気を配るべきことがあります。
お客様にどんな態度で接したら受け入れてもらえるか。セリフの意味が伝わりやすいか。お客様が見やすいように道具を持てているか。お客様は状況を理解しているか。どうすると笑いが起きて場の空気が和むか。そして、不思議を起こすのに一番インパクトのあるタイミングはいつなのか。こういった事柄にアンテナを張りながら演じ、常に試行錯誤を続けています。
当然のように毎回お客様は変わりますので、その場の空気やお客様の反応を敏感に感じ取り、セリフの言い方や「てにをは」、立つ位置、演技のテンポなどをその場で微調整しています。お客様とのコミュニケーションを密にして情報を集め、こちらの意図を的確に伝えるプレゼンテーションを行う。こうした見えないテクニックで、マジックの効果を最大化することを考え続けているのです。指先の技術的に易しいマジックを演じても、こういった部分が適切に行えていると驚くほど反応が良かったりしますし、その逆もよく起こります。このあたりがマジックの面白いところです。
こうしたテクニックは、マジック以外の実生活にも応用が利きます。仕事上のやりとり、家族や友人との会話、大勢の人前で喋る場合など、ちょっとしたコツを意識するだけで物事がスムースに進むことは多いはず。
マジックには、人間の認知や心理に関する先人の智慧が詰まっています。「宴会ネタ」としてマジックを覚えるのもいいですが、真面目に研究し実践してみると、一生ものの素敵なヒントが見つかるかもしれません。