私は、40年弁護士をしている。主な依頼者層は、中規模以上のオーナー経営者とその会社だ。彼等と苦楽を共にし、またその栄枯盛衰を見てきた。得意の絶頂から奈落の底に、場合によっては塀の内側に落ちていく人も何人か見た。
そういう長い経験の中で私が得た結論は、経営者として長期的に成功するには、「危険予知能力と撤退する勇気」が絶対に必要だ、ということだ。
多くの成功者は、精力的で活力に溢れ大胆である。その頭の良さと勤勉さで成功する。そして「太っ腹の敏腕経営者」などと賞賛される。
しかしそれだけでは一時的な成功、繁栄は得られても長期的なそれは得られない。企業が生まれ、それなりに成功して、軌道に乗せるには二、三〇年はかかる。その間、何もおこらないと言うことはあり得ない。必ず何かがおこる。小は売掛先の倒産、中は部下の裏切り、有力社員による商権の僣奪から、大は大規模投資の失敗、資本提携の失敗、「多角経営」のやりすぎ、過大不動産投機、社内外からの経営権の乗っ取り、当該業界のビジネスモデルの急激な変化等々である。
それらのリスクに気が付かなければ企業の繁栄やその経営者の成功はあっという間に崩壊する。そこで大事なことは、経営者は、「今の自分の成功・繁栄を脅かすものがあるとすればそれは何か」を時々チェックすることだ。もっともそんなことばかりを考えていると、マインドが消極的になって経営に活力がなくなる。だからそのチェックは一ヶ月に一回でいいと思う。寝る前や風呂に入っている時によーく考え、入念にチェックするのだ。そうすれば必ず何か気になることがあるはずだ。それをすぐにメモにする。そしてその問題点の是正に入るのだ。もしその危険が自分、または自分の会社にとって致命的なことになるおそれがあると考えるなら、直ちに撤退しなければならない。後も見ずに。しかし、実はこの撤退というのが難しい。今まで進めてきた計画や協議・交渉をいきなりやめてしまうと言うことは、多くの場合、不格好で恥ずかしいことが多い。そのために撤退できず、ズルズルと最後まで行ってしまう。その結果が会社の破綻である。
しかし、会社が倒産すれば社員は路頭に迷うし、取引先にも迷惑をかける。自分も惨めに一生を終える。それを思えばそれまでのいきがかりや不義理はとるにたらないことと思い切らなければいけない。
それができる人が真の経営者だと思う。
ひとかどの経営者には、臆病な人が多い。普段は精力的で大胆だが、リスクには敏感だ。そして撤退する勇気も持ち合わせている。そうでなければ経営者として生きのびることはできない。紙面の関係で具体的な実例を述べることができないが、いつかお話しをする機会を得たい。