昨年八月末の総選挙で民主党が圧勝し、九月に民主党政権が誕生した。日本は戦後、半世紀以上に渡って自由民主党政権が続いてきたので、この政権交代は歴史的な出来事といえる。
国民は、自民党の長期政権下で、国内に多大な既得権が蓄積され、矛盾が深まり、身動きのとれない状態に不満を募らせていたので、民主党政権がそうした歴史を書き換え、新しい日本を創ってくれるのではないかと期待したのだと思う。
実際、民主党は、歴史的な大変革を唱えて選挙戦を戦った。官僚制の打破、既得権の解消、生産者支援でなく生活者支援への戦略転換など、マニフェストにも書かれた項目は、国民の目に新しく、そして魅力的に映ったに違いない。
ところが、政権が始まってみるといろいろな面で国民の期待が満たされず、あるいは裏切ら
れるような事柄が次々と明るみに出てきた。
政治と金の問題は、民主党政権に対する国民の嫌悪感を深める結果になっている。また、沖縄における普天間基地問題では、総理・閣僚がそれぞれ異なった意見を述べるなど混乱し、米国政府の信頼をも損なうという通常の外交関係では考えられない失態を招いた。
経済政策でも、新政権は、短期・中期の経済改革を持たずに経済運営をスタートしたが、一方ではマニフェスト政策にこだわり、他方では予期せぬ税収減に遭遇して当初から44兆円という大量の国債発行を余儀なくされた。これからの経済状況を鑑みると、大型の追加経済対策が不可避となると思われるが、埋蔵金も残り少なく、さらに大量の国債発行を迫られるだろう。それはやがて長期金利の上昇を引き起こし、累積債務の膨張、投資の減退、予算編成の自由度の制約など深刻な経済困難を招き兼ねない。
こうした事態の延長線上には、大きな期待が裏切られた国民の落胆と失望が深まるなかで、日本の安全の根幹を支える日米同盟が揺らぎ、経済劣化のスパイラルが進展するという深刻な事態が想像される。いうなればこれまで日本国民が営々として築き上げてきた日本経済、そして日本という国家が壊れていくという恐怖である。今年に入ってからの地方首長選挙での民主党の敗退は、国民の民主党政権に対する非難と落胆を反映している。
ところが、現政権に失望した日本国民にとって、来るべき参議院選挙で票を投じたい確かな対抗勢力がないことが、言い知れぬ閉塞感に国民を陥れている。それは野党となった自民党が政権奪還を託し得るような力となっていないことが最大の原因である。これまでの歴史の変化に応じて、本来果たすべき自己改革を怠ったばかりか、野党となってからはまともな対立戦略や政策も提示しえず、党内分裂の疑心暗鬼に萎縮しているという実態では、国民はその不満に救いを求める手がかりすらない。「みんなの党」をはじめ新党の動きもあるが、政権交代の契機となるような力量はまだ見られない。
こうした閉塞感は、国民の政治不信を助長する。参議院選挙の投票率は、著しく低くなる恐れが高い。これは“浮動票”(意志のある投票)が減少して利害でしばられた組織票で結果が決まることを意味するが、それを見越して現政権党は幹事長の指揮のもと全国各地で自民党の支持基盤を切り崩す猛烈な組織固めに入っている。
このような事態は、日本国民の最大の不幸である。民主主義の政治は、国民が適切な情報を持ち、自分で判断し、自由に投票する結果として政権が選択されることである。私どもがそうした本来の民主主義を実現できるのは、いったいいつのことであろうか。