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リレーエッセイご執筆者に次号のご執筆者をご紹介頂きます2009. 10.  RIETI  LETTER
昭和史から考える「有事のリーダー」像顔画像と経歴




医療法人社団健育会 理事長 竹川 節男

 近頃、昭和史がブームらしい。ブームに乗ったわけではないが、私は五年前から、有志数人で集まり、昭和史の専門家を招いて、ディベートをするのが、趣味の一つになっている。最大の関心事は、「日米開戦は、なぜ避けられなかったか」というテーマ。太平洋戦争の要因を突き詰めると、私は次の三つに集約されると考えている。一つ目は、リーダーの不在。これについては、防衛大学校長、五百旗頭真先生の著書『日本の近代6』(中央公論新社)に詳しく書かれている。二つ目は、エリート教育の失敗。元経産省官僚で今回の衆議院選挙に初当選された斉藤健氏は、スペシャリストばかり作ってしまった日本のエリート教育の過ちを著書『転落の歴史に何を見るか』で批判している。そして三つ目が、他人と違う言動を許さない、日本人特有の同調主義。「バスに乗り遅れるな」という言葉に象徴される日本大衆社会の同調主義的圧力について、『昭和十年代の陸軍と政治』(岩波書店)を著した筒井清忠先生(我々の勉強会の先生)が、いくつか事例を挙げて解説されている。

 日本を対米開戦に向かわせた最大の要因は、一見矛盾しているようだが実は、軍部にしかるべきリーダーがいなかったことに尽きる、と私は思う。満州事変から太平洋戦争まで一貫して、「国家のために戦争すべし」と唱えた政治家や軍人は皆無だった。にもかかわらず、戦争に突入したのは、その時に声が大きい中堅の軍人が陸軍大臣さえも無視するという下克上体質が陸軍にあったからではないか。

RIETI LETTER 表紙画像

 太平洋戦争で惨敗を喫したのも、同じ理由だ。「軍事力の差は明らかだった」「最初から負け戦とわかっていた」という人がいるが、それは事実と異なる。ジェネラリスト不在ゆえの「作戦負け」だったのだ。開戦時の日本海軍とアメリカ太平洋艦隊の戦力を比較すると、日本軍のほうが僅かではあるが優位であったのに、真珠湾攻撃の成功で、功を焦った作戦参謀が、判断ミスを犯した。ミッドウェー海戦も、時期尚早だったと今から考えると推測できる。現在の軍事研究家たちも、「アメリカの疲弊を待ってから突入していれば、ガダルカナル島を奪取できていた」と指摘している。当時の軍部には、戦術のスペシャリストはいたが、戦局全体を見渡した上で、指揮を取れるジェネラリスト的リーダーがいなかった。これこそが、太平洋戦争という愚を犯した最大の要因だったのではないか。

 「リーダー不在」問題は、昭和史全体に共通するテーマで、戦前史をたどっても、まったく同じことが繰り返されている。張作霖事件を皮切りに、満州事変、日中戦争、ノモンハン事件を起こし、ついに日米開戦へ――。この流れも、もとはといえば、天皇陛下や陸軍大臣の指令を無視して、陸軍の中堅参謀が、突っ走った結果だった。しかし、戦前決して立派なリーダーが皆無だったわけではない。

 政治家では原敬、軍人では永田鉄山の二人は、戦前の日本では希少な「ジェネラリスト型リーダー」だったが、両者ともテロリズムに屈してしまった。もし二人が健在で、軍部の統率に成功していれば、日本の歴史は変わっていただろう。

 経営にも通じることだが、真のリーダーは、有事にこそ進むべき方向を自ら決断し、人を動かす勇気と自信が必要だ。

 戦前・戦後を通して昭和史を振り返ると、40年周期で国家の危機と絶頂が訪れている。列強の植民地化を明治維新で乗り越え欧米化を進めた日本は、40年後に日露戦争で、戦勝国となり、国際社会の表舞台に立った。その40年後に太平洋戦争に突入して敗戦国となりどん底を経験する。しかし、奇跡的な経済復興を成し遂げ、四〇年後、バブル絶頂期にはジャパンアズNO・1とさえも称された。バブル崩壊後、10数年経て、現在は経済大国の地位から転落しつつある。つまり、日本という国は過去の失敗の本質を正しく検証せず、今に至っているのだと思わざるを得ない。



次号は、ヤマト株式会社代表取締役会長、長谷川澄雄氏にお願いします。
リレーエッセイ 「昭和史から考える「有事のリーダー」像」  (リーチレター 2009年10月号)  医療法人社団健育会 理事長  竹川 節男

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