金融市場が未曾有の機能不全を起こしている。私自身、日銀ロンドン駐在員として97〜98年の山一・長銀・LTCM破綻やアジア・ロシア危機等に端を発する市場の機能不全を経験したが、今回は全くその比ではない。最も光り輝いていた証券化・クレジットデリバティブ市場は、メルトダウン状態で、これが世界中の金融市場にドミノ倒しのように悪影響を及ぼしている。中央銀行家が最も恐れていた「システミックリスク」が顕現化し、グローバル金融市場はシステムダウンに近い状況に陥っているのである。
この100年に一度とも言える金融危機は、二つのクレジットリスクが見極められなくなった結果である。一つ目のクレジットリスクは、金融商品自体に内在するクレジットリスク、もう一つは金融商品を扱う金融仲介業者のクレジットリスク。リスクがきちんと評価できないと、市場は商品の価格を見つけ出す機能を失い、市場の流動性が枯渇する。今回の危機は、二つのクレジットリスクの価格付けが正常化しない限り収まらないだろう。
残念ながらクレジットリスクの価格付けが正常化する道筋は、まだみえていない。クレジットリスクを株価や債券価格などの市場価格や格付け情報などから導き出すという金融技術は著しく発展したが、その一方でクレジットリスクの評価を過度にグローバル市場任せにしすぎたことが危機の背景にある。世界のクレジットリスク市場の流動性が枯渇したために、実際には全く経営状態が変化していない企業のクレジットリスクが表面上高まったかのように写り、そのリスク増加を打ち消すために金融機関が貸出を削減し当該企業が資金繰り破綻に追い込まれるという事態すら起こりうるのである。クレジット市場には、本来、企業行動を適切な方向に導く規律付けの役割も期待されたわけだが、当面こうした役割を期待することは難しいだろう。
ところで、先般、日本で初めてのファミリービジネス研究所が設立された(http://www.pwcjp.com/のお知らせ欄参照)。ファミリービジネスとは、創業家が経営に大きな影響を及ぼしている企業で、これまでは、規律の緩い独裁的経営体制、人事における同族の偏愛、近代的経営システムの不備等ネガティブなイメージが大変強かった。しかし、よくみると日本は業暦100年以上のファミリービジネスが数万社あり、長年蓄積した技術やノウハウをベースに力強く新規事業を産み出している企業や、様々な領域で地域貢献を果たしている企業が多いことに気づく。ファミリービジネスの多くは上場もしていないし、社債も発行していないので、株主やクレジットデリバティブ市場の評価に左右されることはないが、代わって家族(先祖も含む)、従業員、顧客、地域住民の厳しい目が規律付けの役割を果たしている。グローバル市場化とは好対照の、「顔の見える規律付け」や地域密着の意義を再認識すべき時なのかもしれない。