今年3月、私は日本アイ・ビー・エム鰍
定年になり、専務執行役員から技術顧問と
いう身軽な身分になった。代わって、最も
力を注いでいるのが、NPO法人J-Win
(ジャパン・ウィメンズ・イノベイティブ・
ネットワーク)の仕事だ。今はこの新しい
組織の立ち上げと活動のベース作りに相変
わらず忙しい日々を送っている。
NPO法人J-Winは、企業における
ダイバーシティ・マネジメントの推進、と
りわけ女性の活用を支援し、女性幹部の育
成を目的とする団体だが、そもそものきっ
かけはIBMでの経験である。
私が入社以来、IBMでは、「女性活用」
の波が何度か訪れてはいたが、本気で取り組
むようになったのは、1993年にガース
ナー氏がCEOに就任してからである。ガー
スナー氏は「ダイバーシティ」を最も重要な
経営戦略の一つと位置づけ、とくに世界共
通の課題である「女性の活用」に関しては、
170カ国のIBMに対して、現状を分析し、
改善計画を立てることを要求した。
当時私はすでに役員入りをしていたが、
それでも日本IBMの女性活用度は170
カ国中、何と最下位。98年には、私がリー
ダーとなって社内にウィメンズカウンシル
が発足し、女性たちの離職原因を分析する
とともに、女性が働きつづけられるための
環境作りや女性幹部の登用に向けての施策
を次々と展開していった。
その結果、2003年には、均等推進企業
として厚生労働大臣最優秀賞を受賞すること
ができ、各社からの講演や執筆依頼が多くなっ
た。そこで、女性活用の波を他企業にも広げ
たいと、日本IBMが音頭をとって、50社
の女性幹部(候補を含む)によるネットワー
キング組織、J-Winが発足したのである。
2年間の活動でめざましい成果を上げ
た。しかし、女性メンバーたちからは「私
たちが頑張るだけでは限界がある。会社自
身がダイバーシティ・マネジメントを推進
しようという姿勢がなければ、孤軍奮闘に
終わる」という声が沸きあがり、さらなる
発展のために、中立的な立場のNPO法人
化をめざすことになる。
そしてこの4月、NPO法人J-Win
誕生し、日本を代表する企業82社の賛
同のもと、女性メンバーも235名という
大きな組織となった。会員企業の会費を中
心に財政基盤も整った。しかし、アメリカ
の同様の組織「カタリスト」に比較すれば、
まだまだ第一歩を踏み出したに過ぎない。
「せっかく気楽な身分になれたのに、また
やっかいな仕事を引き受けて……」と親し
い友人たちは口を揃える。だが、私の心に
は「ギブ・バック」という思いが強い。い
ろいろな人に育ててもらったおかげで今日
の私があるのだから、それをお返ししなく
てはという「お返し」のこころだ。
ボランタリーというほどおおげさなもの
でなく、もらったものを、次の世代へ渡し
てゆく。アメリカ人はよく「ギブ・バック」
という言葉を使うが、この精神が日本にも
もっともっと浸透したらよいのに・・・・と。
失敗も多かった私の体験を織り交ぜながら
キャリアアップについて語るなど、後に続く
女性たちへ、熱いエールを送る日々である。