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リレーエッセイご執筆者に次号のご執筆者をご紹介頂きます2007. 7.  RIETI  LETTER
文化力と軍事力 かけがえなきものを守る技術開発顔画像と経歴




東京大学大学院情報学環教授
池内  克史

 IRT を利用した文化遺産保存のための技術開発 を行っている。有形文化財を効果的にデジ タルコンテンツ化するセンサー群の開発や テラバイトに上るデータの効率的な処理、 転送・表示ソフトウエアの開発がメインの 課題である。無形文化財保存のためにヒュー マノイドロボットに踊りを学習させると いった研究も行っている。これと平行して、 これらの研究結果を利用して、鎌倉や奈良の 大仏、カンボジアアンコール遺跡内のバイヨ ン寺院といった大型有形文化財の3Dデジ タル化も行ってきた。これらの3Dデジタル データは、不幸にして文化遺産が失われた際 の再現や保存修復の基礎資料となる。我々の 大仏のデータが数々の番組のなかで古来の 姿を再現するCG映像に使用されたように、 教育や娯楽さらにはPRなどためのデジタ ルコンテンツの基礎資料ともなる。

 筆者は、東大に移る前、アメリカの大学 に一○数年籍を置いた。というか本年度で やっと日本で働いた期間がアメリカのそれ を越えた。この間、アメリカの大学におけ る軍事研究が先端技術開発を引っ張ってい る状況を垣間見た。

 軍事研究においては、コストを無視して、 最高水準の技術開発を行うことが求められ る。さらに、開発時には全く予測しなかっ たような新規分野が派生することでも知ら れる。例えば、現在のカーナビやインター ネットなどは軍事技術を出発点とする民生 技術の好例である。

RIETI LETTER 表紙画像  日本の大学は、軍事研究を自粛している。 さらに最近、大学の研究者は、コストを意識 しつつ研究を進めるべきであるとの意見も 聞かれる。コストを意識する技術開発はとも すれば近視眼的で、漸近的になりやすい。日 本の民間企業の得意分野でもあり、民間企業 にまかせれば良い。大学研究者は、コストを 無視する分野に注目するべきではないか。

 軍事研究は、「「祖国」というかけがえな きもの」を守るのだから、コストを無視で きるとされる。「かけがえなき「祖国」を守 る軍事技術」という概念の中で重要なのは、 実は、祖国にあるのではなく、「かけがえな きX」にあるという点に注目したい。Xと して、人命や宇宙船地球号が理解しやすい。

 このXの中に、文化があることを指摘し たい。昔ユダヤの民は、軍事力の差で国を 失った。軍事力で敗れて消えて行った民族 は多い。しかし、ユダヤの民は、二○○○ 年間、民族のアイデンティティーすなわち 文化力を保持し続け、二○世紀に入り、イ スラエルを建国した。ある意味、軍事力と 文化力は民族自立の両輪なのかも知れない。 ハード的な軍事力とソフト的な文化力の両 輪がなければ民族としての威厳はない。

 この文化力の重要な部分がその民族が保 有する文化遺産と文化発信能力に依存する。 文化遺産を守る科学技術の研究を振興する ことで、かけがえなき日本の文化、日本の 文化力が守れる。これと同時に、最先端の コストを無視した新規分野の開拓もなされ る。軍事技術を輸出する国はある意味「死 の商人」と揶揄される可能性がある。文化 技術の輸出に何の後ろめたさもない。軍事 力向上の研究はアメリカの大学にまかせ、 日本の大学は文化力向上のための研究開発 を行おうではないか。文化力向上のための 文化遺産を守るIRT開発に尽くしたいと 考えている。



次号は、はこだて未来大学学長、中島秀之氏にお願いします。
リレーエッセイ 「文化力と軍事力 かけがえなきものを守る技術開発」  (リーチレター 2007年7月号)  東京大学大学院情報学環教授  池内  克史

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