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リレーエッセイご執筆者に次号のご執筆者をご紹介頂きます2016. 8.  RIETI  LETTER
「人間とコンピュータ」顔画像と経歴



  毎日新聞グループホールディングス代表取締役社長
毎日新聞社代表取締役会長
朝比奈 豊

 最近は若いスポーツ選手がマイクに向かって話す言葉に感心することがよくある。かつては、紋切り型が多かっただけに大きな変化が起きていると思う。

 私は若い選手の言葉に「革命的」な変化があったのは、2011年3月の東日本大震災がきっかけだったと実感している。震災直後、当社が主催する選抜高校野球大会を開催するか中止するか、私は大会会長として決断を迫られた。大きな被害が出た直後だけに、中止すべきだという意見が多数、会社や高野連に寄せられた。実は社内にも中止すべきだという意見が多かった。しかし、甲子園球場で開かれる春のセンバツは単なるスポーツ大会ではなく日本列島に若い力で春を告げる国民的な行事になっている。そう考えて、開こうと決意した。高野連でも議論して、最終的に震災から1週間後に開催を決定した。

RIETI LETTER 表紙画像

 3月23日、開会式で私は「選手の皆さんは、被災地を応援する気持ちを胸に、甲子園で全力のプレーをする。その姿が、一筋の連帯の光になって被災地に、そして日本中に届くことを強く願っております」と被災地を励ます特別な思いを込めて開催を決定したとあいさつをした。そのあと、岡山県の創志学園高校の野山慎介主将の選手宣誓が始まった。これまでの選手宣誓は、大きな声で叫ぶようなタイプが多かったように思うが、野山主将の宣誓は違っていた。「私たちは16年前、阪神淡路大震災の年に生まれました。今、東日本大震災で多くの尊い命が奪われ、私たちの心は悲しみでいっぱいです。がんばろう日本。生かされている命に感謝し全身全霊で正々堂々プレーすることを誓います」。ゆっくり自分の気持ちを会場全体に、またテレビやラジオの放送を通じて、全国の人に分かってもらえるように意識した話しぶりだった。目の前で彼の言葉を聞きながら予定通り大会を開いてよかった、主催者や野山主将ら選手の気持ちは、きっと伝わるだろうと思った。多くの人の心に届いたのか、開会式後、大会を中止をしろという声はピタリと止んだ。

 開幕が遅れていたプロ野球では翌月、被災地・仙台市に本拠地を置く楽天の選手会長の嶋基宏捕手が日本ハムとの「復興支援試合」で「見せましょう、野球の底力を。見せましょう、野球選手の底力を。見せましょう、野球ファンの底力を」と感動的なスピーチをした。秋に延期され大阪で開催された都市対抗野球大会の開会式では同じ仙台市のJR東日本東北、長谷部純主将が選手宣誓で「今、生きていること、野球ができることに感謝の気持ちでいっぱいです。全力でプレーすることを誓います。がんばろう日本!」と力強く、語った。

 ゆっくりとしっかりと自分の考えや思いを言葉にして分かりやすく伝える。高校球児が東日本大震災直後に始めた新しい試みは、プロや社会人のスポーツにも広がった。その後も毎回、甲子園では選手たちが自分たちの言葉で選手宣誓している。今年は初めて18歳以上が選挙権を持って参院選が実施されたが、あの選手宣誓が、若いスポーツ選手の意識を変えた歴史の節目だったと振り返ると、感慨深いものがある。



次号は、ライオン株式会社相談役の藤重貞慶氏にお願いします。
リレーエッセイ 「震災が変えた選手宣誓」  (リーチレター 2016年8月号)
毎日新聞グループホールディングス代表取締役社長 毎日新聞社代表取締役会長 朝比奈 豊

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